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ジビエに集まる人たち

20年間続いていた “ イノシシ会 ” が終了した。

イノシシ会とは、関西大手スーパーの元社長が
岐阜の山中で獲ってくるイノシシと鹿を気の合った仲間達と食べるという会。


当初は10名くらいで始まったのだが30名という大所帯に。

こんなに長く続いているのだから
当然のごとく、亡くなってしまった人たちも結構多い。

中でも元TVS敏腕プロデューサーで
その後、吉本興業の関東社長をやっておられた横澤彪さんを思い出す。


彼が現役バリバリの頃、彼の誘いで東京で二人で一杯やったのだが、その時の話。


「高岸さん、吉本に来ない? 俺は“売る自信“があるんだけどさ。」

「そんなご冗談を・・・・・・」

と、その場は納めたのだが、彼は結構本気だったようである。


嬉しいような・・・また迷惑のようなお話だった。


さてさて、もし彼の誘いに乗って
吉本の芸人になっていたら、今頃どうなっていたのだろうか。

間寛平? 池乃めだか? アホの坂田?

それとも彼らにアゴで使いまくられる“お付き”止まり?

大阪は猥雑な今里新地の料亭で行われた“イノシシ会”最終回は

大雨の中、東京などから集まった人たちで大賑わいだった。


山中教授と50センチ

先週は忙しかった。

神戸で長時間のセミナーもあったし、メンタルデッサン教室もあった。

そして京都での重要なミーティングもあったし、

呑み過ぎも3回ほどあった。


心身ともクタクタ状態の金曜日はいつもより早く帰宅することになる。


近鉄は石切駅を降りて、登りの坂と階段が続く。

この道、夜になると人通りは全くなくなり、街灯もまばらに。


疲れた身体を引きずるように登っていると

家の近くの街灯の下

坂を下りてくる一組の夫婦らしき人とばったりと会う。


はて、この人どこかで見たことがある。


一瞬、脳は鋭利に回転を始め、素早く結論を出す。

その人はなんとあのノーベル賞を受賞した山中伸弥教授ではないか。

その距離は一瞬覗き込んでしまったせいか50センチ、見間違いはない。


すれ違った後も私は棒立ちのまま、眼で後を追う。


私の疲れた心身は、熱湯に浸けられたカエルのようにシャキッと・・・


私は映画俳優とかアイドル、そして歌手にはな~んにも興味は無い。

しかし山中教授は別格だろう。

プラトンやアリストテレス

いやいや、レオナルド、ダ、ヴィンチと突然田舎道で出会った感覚である。


すると山中教授は5mほど先で、一軒の家に消える。


さてさて、その家は山中教授の実家で

高齢のお母さんが一人住まわれているという。


「こいつぁ~春から縁起がいいやねぇ~」


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