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いい加減な話

あの設計者もデザインも気味の悪い新国立競技場。

その設計やり直しが昨日決定したという。

私に取っては、当然だろう!と考える話なのだが・・・


さてさてその理由は?

国民の強い意見を反映させた結果なのか。
はたまた訳の分からない元アスリートの涙のせいなのか。


もし国民感情の反映だけであるなら
“ポピュリズム”であり“大衆迎合”
ギリシャ政府と変わらない恥ずかしい問題である。

国民の代表である政府が
世界に対してこれでやる!と決めたのであれば
費用や国民の意見がどうであれ、やらなければならない。

それと同時に、将来のメンテナンス費用の財源捻出など
結果の責任も政府がとらなければならない。

政府とは、国民の意見はどうであれ
国の将来を見据え、国民から総スカンを食らっても
良い方へと導く決断しなければならない。

近年の日本、政府も国民も
その体をなしていないように考えるのは私だけだろうか。

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さて、私の場合

家族にとって重要な事を考えなくてはならないとき
当然、家長である私の意見は尊重される。

しかし結果は妻の意見によって決定される。

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沢田さんが亡くなって早一年

私の大の親友だった沢田鉄郎さんが亡くなって早一年。

彼が亡くなったであろうと推測される6月23日。

京都は深草にある深草墓園に行ってきた。

一年前と同じように、駅近くのスーパー
彼の好きだった焼酎を買い、暑くて急な坂道を登る。

墓園は深い緑に囲まれ、桃源郷のような雰囲気。

しかしあいにく墓園周りの公園は工事中で、騒音の中でのお祈りとなる。

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さてさて、人が亡くなって一年も経つと
仲間内でもなかなか話題にのぼって来なくなる。

寂しい話だが、それはそうかもしれない。

いつまでも脳裏に居座られると日常生活に支障をきたすからだろう・・・


私が亡くなった場合もそうなるのだろう。

なにか強烈なインパクトを与えるようなものを残しておかなければ
簡単に忘れられてしまう。

だから私は、本を一杯残す、気味の悪い“絵”をたくさん描いて残す。

そしてドジや失敗など“汚点”を一杯残す・・・・・

それでも3年は持つまい。


日本の美しさ、いかに。

先日、大手住宅販売会社の営業部研修で
四国高松に行ってきた。

岡山まで新幹線、そして岡山からはマリンライナーで高松に入る。

いつも感動するのだが、瀬戸大橋から眺める内海の美しさ・・・・

こんな絶景が日本にあるのかと何度も感動する。

なのに、他の乗客は慣れっこになっているのか
スマホをいじっている、本や新聞を読んでいる、そして寝ている人。

首を前後、左右、上下に振りまくっているのは私だけ。

セミナーの翌日、金毘羅さんに行こうと思ったのだが
「1600段以上も登らなければならないのですよ!」と脅され
仕方なしに高松港の船着場でボ~と一時間半ほど過ごす。

この港から見える景色が、また絶景かな・・・

右手には平家の滅亡の始まりである屋島が見え
正面には小豆島、その左には島全体が美術館と化した直島が。

前夜のセミナーで、
ではなく、呑み屋めぐりで疲れ切った心身を癒してくれたようである。


さて今回は、今までと全く違う内容のセミナー。

次回はこのセミナーに関してお話してみたい。


楽しみを見つける

ブログすこしの間、ご無沙汰してしまった。

その理由は?

絵の楽しさを今頃になって再認識したのか
平日の夜も、土日の朝から夜まで
家に新しく作った粗末なアトリエに閉じこもり、せっせせっせと作品作り。

この一か月ほどで出来上がった絵は30枚。

私の悪い癖でもあるのだが
一度思いついたらトコトンやらなければ気が済まない。

ジャンルにこだわらず色々なものを描く。
画材も、油、水彩、製図用インク、クレパス、クレヨン、カラーインク・・・

そして絵はウソが描けるからまた楽し。

写真ではそのまま現実が写ってしまうのだが

「絵」は色も形も・・・配置さえ自由自在、思うがまま。

だからこの世に存在しない不思議なものが出来上がる。

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紫の森
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嫌がる馬
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ミラノの凱旋門
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メンタルの七福神 → 平常神、集中神、克己神、安定神、楽天神、対話神、空想神
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刑務所内の武勇伝
絵をクリックすると大きくなります。


空想、空想、空想。

またまた、大変なウソつきになってしまったようである。


指導者の気づき

許可を得て、少し長いが
新潟野球連盟少年部部長、石川智雄氏とメールでのやり取り・・・・・・

●印は石川さん ★印は高岸 として

●質問というか高岸さんのお考えを聞きたくて
メールしました。お暇ができましたらお返事ください。

12月以来、RCTを心がけ物事にあたっています。
 私にはリラックスが難しく、リラックスを意識しようとする事の難しさを感じています。
 
★そうですね、リラックスは「集中」へのアイドリング
リラックスが出来ないと、大事な場面で集中どころか感情のコントロールさえ出来ないですよね。
 
●様々な場面で子供達(生徒)と接していると、例えば車に乗っている場面でも、
鮮やかな景色を見つけて感動の声を発する子供と無関心な子供、気付けない?
感じる力の弱い子・・・。
 その差は、プレースタイルやプレー内容と比例関係にあるように思えます。
なるほどなあ~と、改めて「感性」に問いかける事を心がけようと思っています。
 
人間関係における、また自然における事象に対して、
自分の「感性」(視覚を例にとると、ただ見るだけでなく、そこに自分の感情を入れて見る)
をはっきりと表現できる子(A)、また感じてはいるのだけれど、それを表現と言う手段を
持たない子(B)、全く感じることが出来ない子(C)、等に分かれると思います。
 
Aのタイプの子供には”見守る”事を主にして、
過度の感情表現の場合には”助言”という手段を用いると良いですよね。
当然の事、その表現力は直にプレースタイルにも現れると思います。
 
Bのタイプの子供には感じた事を”表現できない”という何らかの理由があると思われます。
ですからその問題を明確にさせてやる事と共に
感情表現が現れた時にはオーバーアクション気味に”褒めてやる”事ですね。
 
Cタイプの子供(数は少ない)には、なかなか難しいですが
例えば美しいものと醜いもの等、正反対なものをみせ
反応を根気よく見ながら誘導し、まずは一般的なレベルになる事を期待します。
 
大人は「知性と理性」と言うことが、表現の幅を狭くしてしまうのですが
子供はその感じたことを今、言って良いのか悪いのかなど「理性」などは
お構いなしに表現します。

 ですから子供の感性こそ尊いのです。
その感性を大事に育ててやる事(方向性の修正は助言でもって)が創造性へと
つながり、将来今までにない全く新しい世界への登壇となっていくと思うのです。
 
●質問をひとつ!メンタルと技術の関係です。
指導者がよく「メンタル」を逃げ口上に使用しているのではないかと思っています。
 
★メンタルとは本来 1+1=2 と言うようなものではありません。
結果は誰も予測できないわけですから
自分の指導力不足を煙に巻く”逃げ口上”にはもってこいでしょうね。
 
●技術を上げればメンタル(自信)もあがる。
 自信をもって試合に臨めば、精神的な弱さが原因でミスしたりという場面も減る。
と考えたりします。
 メンタルに原因がある場合もあるとは思いますが、
多くの場合(特に小中学生期)は技術的な未熟や経験不足からの不安や緊張ではないか。
 
的確に技術力をアップする手法や工夫を持てない指導者が、
「あいつもはメンタルが・・・」と選手のせいにしている傾向が強いと・・・
 両側面をバランスよくとらえられる指導者を増やすことが大切だと考えます。
 
★技術力があればメンタルも強くなる!それも正解でしょうが
目標(メンタル要素)を持たずして、技術力向上は考えられません。
また体力向上も目標を持たずしては考えられないと言う事も事実です。
 
メンタルはリラックス、集中、目標、感情コントロール、肯定思考、
コミュニケーション、シミュレーションと
あらゆる部分で必要性と言う”顔”を出します。

一言で「メンタル」と言っても、いろいろな「メンタル」があります。
 
技術力アップのためのメンタル、その技術力を自信もって出すためのメンタル。
その自信をもった技術力、体力がバラバラになったときのメンタル・・・・・・
 
さてさて指導者に関しては・・・・・・・・
 
私が幼稚園の親たちにいつも言っていること
「子供の幸せを考えるなら、まず両親が幸せになっていないとならない」
 
自分自身がメンタルの事を理解していないのに、選手にメンタルの重要性を説く指導者。

先にも言ったことがあると思うのですが
そのような指導者の一言は、助言ではなく”暴言”に過ぎなくなります。
それは選手が聞きたい事ではなく、指導者が言いたい事のみだからです。
 
おっしゃる通り、各方面でバランス良い指導者が求められます。
 指導者や教師とは、心技体での全ての頂点を求められる大変な仕事だと思います。
 
またお会いする機会がありましたら、詳しくお話してみたいと思います。

●私自身、「知性の理性」をよい意味に感じていたように思います。
職業柄もあったかもしれませんが、疑われない常識の範囲において正直に柔軟に
考えていきたいと思います。でないと魅力がなくなりそうな感じがしました。

 細かいメンタル、分野別のメンタル・・・みんな同じだと考えていました・・・
なるほどです。ありがとうございました。

★次回お会いするときには、”のど黒”と新潟の美味しいお酒、期待しております。


辛さを忘れるには

景色は抜群
そして谷川のせせらぎと季節の鳥のさえずり・・・と
環境は良いのだけれど・・・・

駅から160段もある階段を登らなければ家に着かない。
ビルにしたら10階分に相当する。

何においても「表と裏」の原理が働くのは自然の摂理。

さて「内的集中」・・・・・
いわゆる筋肉活動に意識を向けると
この階段、到底一気に登り切れるものではない。

だから「外的集中」・・・・
目的を内にではなく、外に向けて登る事を心がけている。

夏場だと

家に帰ると冷たいビールと冷たいシャワーが待っている・・・・

冬場だと

鍋と熱燗、そしてお風呂が両手を開け笑顔て待っている・・・

と、勝手な結果をリアルにイメージしながら登る。
そうすると疲れを感じることなくあっと言う間に家に着く。

しか~し

この三月の終わりから、四月の終わりまでは
そんなちっぽけな細工はいらない。

160階段の初めから、その終わりまで
下記のようなトンネルが出来上がるから。

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リンパ線でなく”琳派”

最近あちこちで“琳派“と言う言葉を聞く。

料理でも、フアッションでも“琳派的な”と使う。

もともと“琳派”(りんぱ)とは
身体のリンパ腺リンパではなく絵画の世界の流派のこと。

桃山時代後期に興り近代まで活躍した造形芸術上の流派。

本阿弥光悦と俵屋宗達が創始し、尾形光琳・乾山兄弟によって発展、
酒井抱一・鈴木其一が江戸に定着させたという。

して、今年は400年を記してあちこちで展覧会が行われている。

その中でも琳派を代表する作品の一つ
俵屋宗達が描いた「風神雷神」を見る。

桜が満開の京都は“建仁寺”の本坊。

中に入ると、すぐ正面にその2曲1双の作品が現れる。
本物は傷みが激しく、展示されているのは
デジタル処理された複製品なのだが迫力は満点。

この風神雷神、尾形光琳も、酒井抱一も模写しているのだが
やはり俵屋さんのものが一番グッと感性に響く。

時間が許せば是非一見していただきたい。

以下最上段は俵屋宗達、次は尾形光琳、最下部は酒井抱一

俵屋 尾形 酒井 風神雷神.jpg

                   画像をクリックすると拡大


ジビエに集まる人たち

20年間続いていた “ イノシシ会 ” が終了した。

イノシシ会とは、関西大手スーパーの元社長
岐阜の山中で獲ってくるイノシシと鹿を気の合った仲間達と食べるという会。


当初は10名くらいで始まったのだが30名という大所帯に。

こんなに長く続いているのだから
当然のごとく、亡くなってしまった人たちも結構多い。

中でも元TVS敏腕プロデューサーで
その後、吉本興業の関東社長をやっておられた横澤彪さんを思い出す。


彼が現役バリバリの頃、彼の誘いで東京で二人で一杯やったのだが、その時の話。


「高岸さん、吉本に来ない? 俺は“売る自信“があるんだけどさ。」

「そんなご冗談を・・・・・・」

と、その場は納めたのだが、彼は結構本気だったようである。


嬉しいような・・・また迷惑のようなお話だった。


さてさて、もし彼の誘いに乗って
吉本の芸人になっていたら、今頃どうなっていたのだろうか。

間寛平? 池乃めだか? アホの坂田?

それとも彼らにアゴで使いまくられる“お付き”止まり?

大阪は猥雑な今里新地の料亭で行われた“イノシシ会”最終回は

大雨の中、東京などから集まった人たちで大賑わいだった。


山中教授と50センチ

先週は忙しかった。

神戸で長時間のセミナーもあったし、メンタルデッサン教室もあった。

そして京都での重要なミーティングもあったし、

呑み過ぎも3回ほどあった。


心身ともクタクタ状態の金曜日はいつもより早く帰宅することになる。


近鉄は石切駅を降りて、登りの坂と階段が続く。

この道、夜になると人通りは全くなくなり、街灯もまばらに。


疲れた身体を引きずるように登っていると

家の近くの街灯の下

坂を下りてくる一組の夫婦らしき人とばったりと会う。


はて、この人どこかで見たことがある。


一瞬、脳は鋭利に回転を始め、素早く結論を出す。

その人はなんとあのノーベル賞を受賞した山中伸弥教授ではないか。

その距離は一瞬覗き込んでしまったせいか50センチ、見間違いはない。


すれ違った後も私は棒立ちのまま、眼で後を追う。


私の疲れた心身は、熱湯に浸けられたカエルのようにシャキッと・・・


私は映画俳優とかアイドル、そして歌手にはな~んにも興味は無い。

しかし山中教授は別格だろう。

プラトンやアリストテレス

いやいや、レオナルド、ダ、ヴィンチと突然田舎道で出会った感覚である。


すると山中教授は5mほど先で、一軒の家に消える


さてさて、その家は山中教授の実家で

高齢のお母さんが一人住まわれているという。


「こいつぁ~春から縁起がいいやねぇ~」


ヌードデッサンには興味は無い?

義理の母の忌も明け、全てが通常の生活に戻ったよう。

そしてながらく書いていなかったブログも再開しようかと。


さて、唐突だがこの大阪では、街中が大変な状態になっている。


長堀筋、谷町筋界隈では

大型観光バスが2重3重の違法駐車で渋滞が・・

心斎橋筋の大型薬局では

10か所ほどあるレジの内、9か所が免税レジに・・

地下鉄の切符売場は長蛇の列に・・

街を歩いていると、
日本語はまばらで前からも、後ろからも中国語の“爆雑音”

新聞を見ているとなんと関西の商品総売り上げの10%以上は

中国からの観光客の“爆買”だとか。


いやいや有り難いお話である。

しかし・・いくらお金は回るものだといっても

中国人観光客が長蛇の列をなす“商品”は限られている。

薬、化粧品炊飯器、目薬、洗浄便器・・・・

そこには私が生業としている建築設計やデザイン

そしてデッサン教室メンタルトレーニングはない。


ある日私の事務所を中国人が訪れ

「あのう・・5つほど家を建てたいのですが設計お願いできますでしょうか?」

「あのう・・メンタルトレーニングを習いたのですが、先生!100人でお願いします」

「あのう・・日本人のモデルでヌードデッサンをやりたいのですが、席はあるでしょうか?」

てな話は来ないものだろうか。

そんな話が来れば、“違法駐車”も“爆雑音”もOKなのだが・・・・


大往生を遂げる

新年早々3日に妻の母が亡くなった。

96歳の大往生である。


最近、病院は死因を「多臓器不全」とか「心不全」とかをつけたがるのだが

死亡診断書はなんと単純に“老衰”とある。

“死に方”として、これ以上に幸せなことはない。


そして亡き母の良き人柄を偲ばせるのか

通夜、通夜、本葬とたくさんの方々が参列した。


そこには号涙あり、そして大笑いあり・・・・・


人の“死”にはいろいろなものがある。

若くして亡くなられた人のお葬式には、涙あっても笑いはない。

その重苦しさは何年もの間“心”大半を占める。


************************************

人気のある“芝居”の演出には

主人公の苦しみ、悲しみの表現から始まり

最後には観客を大笑いの中に引きずり込んで幕が降りる。

見終わった観客は何かスキッとした気分で劇場をあとにする。

************************************


泣く事と笑う事は一対のものであり、

心のモヤモヤを除去する唯一の起承転結である。

これらは日常生活での精神的健康には必要な要素。


本葬が終わった後

参加者全員まるで最高の“芝居”見た後のように“笑顔”で散会していった。


新年早々気持ちが真っ新になった感覚。

ありがとうお母さん・・・・・

これまた“大往生”のおかげかな。


珍客襲来狂乱忘年会2014

㈱高岸建築研究所2014年最後のイベント

「第36回 珍客襲来狂乱忘年会が開催された。

今年は55名ほど招待しほぼ全員が参加した。


この忘年会、言われてみて気が付いたのだが

36年間も続いているとはギネスブックもの。


さてさて、長く続いている「原因」を皆で話し合ってみると

① 建築事務所が開催なのに建築関係の人は私を含めてたった4人。

   大半は数えきれないくらいの職種の人たち。

② 会費制ではなく、それぞれが自慢したい酒一本と肴一品を持ち寄る方式。

   だからお金持ちは高価な酒と肴を、そうでない人は缶ビールとたこ焼きでもよい。

   大手スーパーの会長などは2~3日前から料理の仕込みをして車で運び込む・・・


③ 名刺交換は一応禁止なので話をしている相手が誰かわからない。

   例えば著名なコーヒーメーカーの会長と

   小さな印刷会社の新入社員が激論を交わしているとか・・・

   大手スーパーの会長が

   フットサルコーチと話し込んでいとか・・・・

   話し込んでからやっと相手が誰だか解るから面白い。


④ 固苦しい挨拶がなく高岸の漫談で始まり、漫談で終わる。

⑤ いつ来ても、そしていつ帰ってもよい。

⑥ 近隣の会社の人達は、迷惑がらず協力的。


当然立食なのだが、狭い事務所が会場の為、朝夕の満員電車並みになる。

身体は触れ合うし、顔は超接近する。


6時から始まり、終わるのは11時半。

そして最後の後片付けは残った参加者全員が行う。

だから翌日は何事もなかったように仕事が出来る。


今回は最長参加記録を持つ澤田さんが亡くなり、遺影を飾って・・・


そして皆さんに来年の目標を書いてもらった。

来年の忘年会では達成できなかった人は罰金とか・・・


アベノミクスも行き詰まりを見せ、来年は不安材料が一杯なのだが

何かモチベーションが上がり一体感を感じた忘年会だった。


創造性の扉が開くとき

子供は10~12歳頃になると

それまでの親の言いなりではなく自身で「問題意識」を持ち始める。


問題意識とは

「言われたことをこのままやっていればいても良いのだろうか?」

「自分の行く方向は別にあるのではないだろうか?」


その現象は “ 創造性(才能)の扉が見え始めた “ 証。

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その時を親はいち早く察知して即、子供への干渉から手を引かなければならない。

見捨てるのではなく、見守ると言う立場 になるのである。


そして適切なタイミングを図り専門の指導者に任せるべきである。


その任された指導者は“教える”と言った上から目線ではなく

“伝える”といった同じ目線の高さで・・・・・・・・


そして何年か後、その子供が “ 創造性の扉を開き始めた ” と察知した時

指導者は持論を押し付け続けるのではなく、サッと手を引かなければならない。


ここでもまた、見捨てるのではなく、見守るというスタンスに。


そして見守りながら絶妙なタイミングで “ 助言 ” を行うのが指導者の役目となる。


しかしその  “ 助言 ”

指導者自身が的確な状況判断力と、豊かな感性を持ち合わせていないと

単なる “ 暴言 ” となる。

何故ならそれは・・・

子供が欲している助言でなく、指導者が言いたい助言だから。


熱い熱い新潟の人

先週、“神様“小浦猛志さんと共に

大雪の中、長岡市スポーツ協会研修会

スポーツコーチャーズネット長岡研修会に行ってきた。


メイン会場は国立長岡技術科学大学の大きな階段教室

小浦さんとのコラボ研修は初めてなのだが、

行き帰りの二人の“珍道中”とともに

研修でも楽しい時間を共有させていただいた。


そして合計9時間にも及ぶ私の話を

150人を超える指導者の皆さんと選手たち

居眠りもなく途中退席もなく熱心に聞いていただいた。


テーマは?


当然の事、最近力を入れている“五感の鋭敏化”と“感性を磨く”


突拍子もない私の理論展開に戸惑われたと思うのだが

集中持続力途切れることなく、眼光鋭く、耳はダンボで・・・・

階段教室の上から押し寄せてくる“気力の熱気“に圧倒される思いだった。


ただ話の流れに任せ、子供たちの前で“ヌードデッサン”の推奨は少しNGだったかも。

しかし“感性”は若い時から鍛えなければならない・・・との持論あり。


ハプニングもある。

ある時、小浦さんが壇上前に来て

「あと何分喋るんや? えっ30分も? 俺の喋る時間ないやん!」

ある時は小さな紙でメッセージ

「左の聴衆ばかり見ないで、右側も向いて!」


コラボとは面白い。


さてさて不思議なことに

いつもはこのように長い研修の場合

エネルギーを吸い取られ、終わると干し柿のようにグッタリしまう私なのだが

反対に凄いエネルギーをいただいたのか元気いっぱいの私。


こんな経験は初めてである。

この研修をサポートしていただいたスタッフの皆さんのおかげかもしれない。

して、今もスタッフの皆さん一人一人の顔が鮮明に浮かんでくる。


外は雪がシンシンと降り続き、尋常でない寒さだったのだが

会場内は尋常ではない気力充満の熱さだった。

追伸)久保田の萬壽も美味しかったし、のど黒も美味しかった。


権力が欲しい

先日研修会を終え、とある地方空港からE170と言う小型飛行機に乗った時の事。

乗客が“急かされて”着席した後

小さいが態度のデカい男が乗ってきた。

そして私の通路を隔てた左側2連席の1席にドンと音が出そう位の勢いで着席。


そして彼の持ち込んだ機内持ち込みサイズを超えた荷物は

何故か注意も受けず、客室乗務員が無理やり上の荷物入れに押し込んでいる。


機内はほぼ満員なのだが、その男の横の席には誰も座らず私物が置かれ

やわら男は新聞を大きく開けて読みだす。


そして客室乗務員は付きっ切りで男の世話を焼いている


一体この男は誰なのか・・・・・・


風体から想像してヤクザの親分なのか、はたまた吉本の芸人なのか。

私は暇なものだから色々と思考をめぐらすが、その顔に見覚えはない。


そして私の自慢する集中力、想像力、創造力をもってしても結論が出ない。


観察を諦めて、ウトウトとしていると

目的地に、しばらくで着陸と言う機内アナウンス。


その小さくて態度のデカい肥えた男はやわら動き出し上着を着る。

するとその上着の左の胸に燦然と輝く“菊の御紋”のようなバッジ。

謎が解けた・・・・! その男は”国会議員”だったのである。


と言う事は私たちの税金で二人分の座席券を買い、一人で座っていたのである。

そして機から降りるのも一番先で

降りた瞬間、空港の女性職員が荷物を持ち別の出口から姿を消す。


私は政治にはすごく興味があるのだが、国会議員には何の興味も関心もない。


さてさて、私は機会があれば国会議員ばかりを集めての“メンタルトレーニング研修会”

三日間缶詰状態でやってみたい衝動に駆られたのである。


依存症

買ってまだ3か月にも経っていないのに

HPパソコンWindows8.1が動かなくなってしまった。

アプリケーションエラー表示が2度出たかと思ったらプッスン。


データのバックアップを手動でしていたのが仇となり

近々の見積書やイラストレータ原稿、そして図面がいとも簡単に消失。

当然の事、仕事自体はすべてストップとなる。

その私の慌て方は、今思い出しても恥ずかしい。


仕方なしにヒューレットパッカード社に電話する。


こちらの苦しみなど微塵も感じていない“上海のオペレーター”はのたまった。

「お客様!それはもう初期化しないとだめです!」だと。


“初期化する”と言うことはすべてのデータと難儀して入れたソフトは全て“消える

慇懃無礼なものの言い方とはこのような事を言うのだろう。


そして言う通り初期化したら、今度はOFFICEやメールソフトが入らない。

ということでサラに替えるのでなく時間がかかる“引き取り修理”となる。

天下のヒューレットパッカード社もケチな事をする。

この騒動の経済的な影響は大きく、おかげで今年はマイナス成長である。


さて、もう何年前になるだろうか

「パソコンは良いところ使い、絶対に使われないようにしよう!」

と決めていたのに、今気が付くと完全に使われてしまっている。

それも顎で・・・・・

はて、このような話、他にもどこかであったような・・・・・・・?

ハッと気が付くと・・・・目の前に妻の顔が。


手っ取り早い”感性”作り

先日、奈良は学園前にある松伯美術館を覗いてきた。

展示のメインは日本画家、上村松園、松篁・淳之。

この美術館、故佐伯勇近鉄名誉会長旧邸の庭に

近畿日本鉄道が主になって作られたもの。

少しデザイン過多だが、なかなかの建物である。


そして何といっても展示物が良い。

特に上村松園の“下絵集”が素晴らしい。

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完成前の下絵には完成後の作品より

のびのびとした力強い線が走っている。

私の場合は少し思考レベルが下がる。

値段の安い“紙”に描くときは「おっ!」という線が走るのだが

高い“紙”を目の前にすると

「失敗したらどうしよう・・・・」

などという小心の気持ちが出て

手が震え・・・意図しないところに絵具を落としてしまう・・・

そして高価な“紙”は涙とともにゴミ箱に。

さてさて、最近スポーツのトレーニングの一環として

楽天イーグルスなど美術館鑑賞を組み込んでいる所が出てきた。


そう、私が絶唱する“感性”を鍛えるには手っ取り早いプログラムであり
是非スポーツ界全体で取り組んでほしいと思う。

またまたさてさて 

先日、伊達公子のコーチであった小浦武志さんから分厚い封筒が送られてきた。

佐賀県立美術館で開かれているエレガンスオブニッポン展における

“岡田三郎助”のポストカード群。

「どや!この優雅さ・・・」とのこと。


さて、心のモヤモヤもおさまり・・・

京都は深草にある「深草墓園」に行ってきた。

25年来の友人であった沢田鉄郎さんに会うために。

お供えにと、駅前で缶ビールと栗饅頭を買って。


そして昨夜は
友人たちが集まり、偲ぶ会を行った。

数ある写真の中でもとびっきり良い写真を張出して・・・・

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それぞれが沢田さんが好きだったお酒

それに好きだった食べ物などを持ち寄り、悲しさの中での大盛り上がり。

皆に愛されていたんだ!と再確認。


そしてそして、やっと私の心のモヤモヤも収まり

しっかりとお別れする事が出来たと思う。


おかしいやろ!

ややっ、マクドナルドが全面禁煙だと。

と言っても、私にはあまり関係ない。

私はマクドナルドには3年前位に一度行っただけなのだが・・・・

喫煙は“健康を害する”との理由らしい。

なるほど、マクドナルドの商品は人の健康に寄与しているからだろう。


まだある。

最近気になるコマーシャル

新商品発表!「腸まで届くビフィズス菌ヨーグルト」だと。

では、今までのヨーグルトは腸まで行っていなかったんだ。


まだある。

昨年食道癌だとのことで手術を受けた友人。

一年検診で行ったら、医者曰く

「今だったら、あれは癌ではなく手術しない。」だと。


まだある。

友人「先生、いま服用している”薬”ジンマ疹がひどいんですけど・・」

医者「じゃ、やめましょうか。」

友人「でも、今やめるとあの病気はどうなるんでしょうか?」

医者「あまり関係ないと思いますよ。」だと。

ひと月8000円の薬。

まだある。

「いい加減にしろ!」と言われたからいい加減にしていたら

「いい加減な奴!」と言われ・・・・


忘却は楽しみ

事務所書棚で、書籍の一部分をコピーした原稿を見つける。

タイトルは「五感を鋭敏化させる。」

筆者の考え方は私に非常によく似ていて面白い。

なるほど、なるほど・・・その通り、の連発。

中でも“感性を磨く”の項には
まず“五感を鋭敏化”させておかなければ“感性”を磨くことは出来ないとある。

正解である。

人の得る情報は“五感”からでないと入ってこない。

その五感から入った正確な情報を得る事で第六感を生み出し
感性の扉を開く事となる。

この世には同じ考えで、同じ論法を使う人は稀にいる。

この出会いになんか楽しくなる。


さてさて、最後のページをめくると・・・・

著者 高岸弘とある。


物忘れがひどいにも限度がある・・・・・・

しかし何か新鮮な気持ちで読ませていただいた。


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